羅紋硯として入荷した「本石 長方7吋」硯

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紙箱は
、弊社が上海工芸から直輸入する玉山硯廠製品とホボ同一に設えられています
  硯面中央、池から見事なバランスで石紋が流れますが、これはたまたま化粧を取り去ったこの画像硯独自のもの。
今回の処分硯全体に現れるものではありません。
       
商 品 名 寸 法  処分特価
羅紋硯として入荷したが検品したら「羅紋硯とは似ても似つかない只単なる「本石硯」。 大特価でご提供!! 7吋 470
 処分特価
「上海工芸」と契約し輸入している羅紋硯の船積みが遅れる、と連絡により、「羅紋硯長方」を輸入している弊社ご同業の輸入一社から試験的に「長方羅紋7吋」を買い付けました。紙箱は上海工芸直輸入の羅紋硯(=玉山硯廠の羅紋硯)とソックリそのまま。 しかし硯本体を手にした時の石の微妙な感触に「??何??、??これが羅紋硯??」と違和感が・・・・・・。
 
端渓硯に大いに興味を持ち、1960年前半には当時の日本における端渓研究第一人者と称された先生のご指導を受け、
更に、1970年からは端渓勉強を主目的に広州交易会に参加し現地専門家に師事、より正しく深い端渓の勉強を継続しました。
折角「交易会」に参加しているのですから同時進行形で中国文房四宝全般「筆墨硯紙」の輸入契約を本格化させました。
交易会参加当初は、広東省工芸品公司が古端渓硯を集積していた骨董品倉庫。この倉庫は広州市からごく近距離、わずか15qの広州市郊外「南海県(現在の仏山市南海区)」に位置するのですが、そこへ行くのにも外国人移動制限により毎回公安当局の許可を得なければ訪れることが出来ませんでした。
この倉庫で古端渓を見続けるのです。これが広東省の端渓専門家が先ず計ってくれた勉強のはじまりでした。
30面前後の古端渓を何度も何度も、何組かの作業員グループが、当方が見終わったら運んできては目の前に並べ、広げていたものは回収し持ち去る。この繰り返しを延々と続けてくれました。こちらも好きになり訪れた端渓硯の倉庫。真剣に硯を見ます。
手に取り擦り水を置きが続きます。学生時代にこの何分の一かでも勉強をしていたら、キット今は別の道に行きここには居なかっただろうな。などと思いながら、真剣に見ます。3時間も見続ければ脳が、体力が、かなり消耗してきます。一回の訪問でこれを2回程度。交易会に参加している間、これを何度も繰り返しました。その都度に移動許可得て南海県はもとより端渓の産地「肇慶」へ出かけました。
外国人の移動制限が大幅に弛められる時が、やっと訪れ、それ以降は肇慶へ幾度となく出かけ、出かけ、
・・・時の移りにつれ端渓硯愛好家の皆様や端渓硯に造詣深い方々、・・・、を老坑、坑仔巖などの採掘現場へご案内しました。
当初はなかなか許可が下りなかった老坑坑底への入坑は、その信用度を確かめ契約を開始した現地硯廠の努力も加わり優に40回を超えるご案内をし、入坑し、老坑をはじめ数多の端渓名硯をみて、触れて、・・・、これら、あれらの勉強と経験の積み重ねが「この石は???」との警鐘を響かせます。
砥石で硯面の化粧をとってみる。「おかしい」と感じた、その硯の石質。
「羅紋硯」にはほど遠い石を「化粧」で誤魔化した「偽羅紋硯」。
濃グレー的な色調の、硯石として全く知らない石質。勿論「羅紋硯」の謂われである「羅紋」もあらわれていない石を硯に仕立て、玉山硯廠と同一状の紙箱に収めた「羅紋硯ではない偽羅紋硯」でした。「本石硯」であったのがまだしもの「救い」、かも知れません。
この「本石硯」。上海工芸との契約品、玉山硯廠の羅紋硯到着までの間に合わせに緊急手配した僅かな面数ですが「羅紋硯」として買い付けた「7吋」の硯を「特価」処分いたします。  「羅紋硯」として買い付けた「本石硯 長方7吋」 処分特価470円(本体価格)
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