歙州硯 眉子紋 新眉子紋 みなせトップへ

 
画像は入荷現物から無作為に写したものです。
木箱・硯石ともに彫刻は手作業が主です。
手作業の微少な誤差&自然の産品としての色の差などはご容赦下さい。
 
 
 
本来の「歙州硯 眉子紋」
 みなせ直接輸入、本来の「歙州硯 眉子紋」です。  
 
 
 
“(新)歙州眉子紋)”  歙州眉子紋として取り扱われる駝基島(だきとう)硯
(だきとう) 駝基島
駝基島(だきとう)⇒ 渤海湾/山東省蓬莱市北方の小島(大連の南東、烟台の北東に位置する
1970年内代後半から80年代半ばにかけ、羅紋硯の「廉価判」、「学童硯」など「安い硯」として広州交易会に出品されていたが、硯としての「基本性能=磨墨性」により何時しか市場から消えた。
その「駝基島硯」が、歙州も含めた硯石の採掘禁止令により「歙州硯」として蘇った。しかし銘硯「」とは似て非なる駄硯に過ぎない、とご案内いたします。
その契約の流れから、2010年前後から『歙州眉子紋』の原石採掘は減少している様子、とご案内していましたが、その後の連絡や調査により2010年直前から歙州硯原石も地下資源保護の大号令の下≪採掘禁止≫になっていました。弊社直契約・輸入の歙州眉子紋は2009年4月契約の入荷品が僅かに残るのみです。
他の中国文房四宝輸入者様の一軒から「眉子紋が新たに入った」、との連絡がありました。
永年にわたり親交を続ける中国文房四宝輸出公司の情報≪歙州硯原石採掘禁止。特に歙州眉子紋の採掘済み原石は残っていない。≫は、・・・???、と試しに買ってみました。眉子紋として送られてきたのは≪駝基島(だきとう)硯≫でした。
1960年代には「とても安価な羅紋硯代替石」として一定の需要・輸入がみられた駝基島(だきとう)硯。
その後は羅紋硯の豊富な供給により駝基島(だきとう)硯の輸入は目立たなくなっていました。
この『』原石を磨き作硯した硯が「眉子紋」として届けられた石だったのです。
日本の流通現状⇒駝基島硯を歙州眉子紋と思い輸入したくだんの輸入社様をはじめ少なくはない販路で駝基島硯が「歙州眉子紋」として流通している現状から、駝基島硯化けの≪歙州眉子紋とされる硯≫を全面的に否定することは憚られ≪(新)歙州眉子紋≫として販売いたします。 
弊社の≪(新)歙州眉子紋≫は本来の歙州硯ではなく「歙州硯原石採掘禁止」により他の輸入路にて新たに輸入された「外見が歙州眉子紋に似た原石」
だきとう)駝基島原石を以て作硯された硯であるとご案内します。
 
端渓硯をはじめ「中国銘硯」の多くが採掘禁止となった背景や過程は
≪老坑・坑仔巌坑 など 完全閉鎖へ≫などでご案内しています。是非ご確認下さい。