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端渓「老坑」採掘現場へ至る「導坑」、この導坑の「入り口」をあらわすのに用いた≪旧坑≫≪新坑≫表現がもたらしたとも言える誤解・曲解により「旧坑」「新坑」の本当の意味が正しく説明されない、そして正しく理解されないことが多いようです。
以下は、重複しますが再度記述します。
≪旧坑≫と呼ばれる「入口」」から入って辿り着く採掘跡、そしてそこから更に下部へと掘り進まれた採掘場所は≪新坑≫と呼ばれる「新入口」から到着する採掘現場と同じ所・同じ意味なのです。
古い玄関が狭くて使い勝手が悪いので建て増しをし玄関を新たに設けた、と同じ意味なのです。
連続する採掘跡の先頭箇所、最新の採掘現場へ至るための新しい入り口を「新坑」、古い入り口を「旧坑」と呼んだことが新坑と旧坑は違うところではないか? との誤解を生み、
更に一部はこの誤解を積極的に利用し、更に一部は誤解へと誘導し「新坑と旧坑は場所が違う・石質が違う」との風評へ導くことに一時的には成功したようです。
しかし、少しでも現地の実情を知り得る機会があれば一顧だにする必要のない風評にすぎない、しかし狡猾且つ巧みな風評への誘導は、新入口が開設された後、この採掘現場へ至る坑口へ行くことがまだ出来なかった僅かな間」にこの風評を一定の期間とは言え成り立たせてしまった、のです。
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 新坑と旧坑は新坑の坑口から一直線に下りる斜坑が坑底に着くその5メートルほど上でつながっています。新坑=新入口から入坑しても旧坑=旧入口から入坑してもここで同じ箇所に立つのです。旧坑最深部の、水帰洞と評されていた採掘箇所が丁度ここで新入口からの導坑とつながっているのです。
大西洞、そして旧坑から到達した最深部水帰洞の採掘跡が直ぐ目の前にあり目で見ることは勿論のこと、這っていけば水帰洞をこの手で触れられる、旧坑の最深部が実際にこの手で触れられるのです。体ごと旧坑へ入ってしまうことも出来ますが、危険を伴うし、現場の職人さんたちが真剣な表情で危険だから入るなと止めてくれるので旧坑へは入りませんが、直ぐ入れる状態に保たれています。入らなくても手を伸ばせば旧坑に触れることは出来るのです。
覗き込んだ感じでは、 やはり、旧採掘跡の部分=水帰洞跡は天井も低く労働環境は新坑に比べてかなり悪かった様子が確認できます。
  この奥で水帰洞につながる
この奥が水帰洞の採掘跡、新入口から降りた坑底近くのこの場所が旧時代の採掘跡の最深部、水帰洞(と名付けられた採掘跡)につながる

前述の通り、1999年初頭から新坑口から入り下りていく斜坑の底部近くで旧坑と大きく連結し、旧坑そのものに入れるようになっています。管理者が老坑の管理体制を見直している間に、現場の職人達が旧坑と自由に出入りできるように連結部分を広げてしまったのです。連結部分は大きく開かれ、新入口から降りた導坑底と、旧坑の水帰洞(と評されていた採掘跡)との出入りは自由にできるようになりました。

作業1
新入口から降り立った坑底での作業
旧入口からの老坑採掘最深部=水帰洞と評されていた採掘跡=の真横を通り抜けた更に深い位置

新坑と旧坑 新旧坑口詳細図
坑入口の新旧詳細図
新入口の導坑と旧入口からの採掘跡最深部がつながっている部分


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