書画用実用毛筆   有 馬 筆  ( 兵庫県指定重要無形文化財 )
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フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』」へ紹介しました。2008年11月12日 有馬筆筆司 山口j一(山口ソウ一)
有馬筆

以下は 兵庫県委託調査 財団法人 兵庫県文化協会(1980年3月刊行)
  『伝統的手づくり工芸品振興調査有馬筆(書画用)』 によります。     
 
有馬筆筆司 山口j一(山口そう一)


   有馬筆( みなせ筆)の記録

伝統的手づくり工芸品振興調査
有 馬 筆(書画用)
兵庫県委託調査 財団法人兵庫県文化協会刊行 

  1. 産地の概況
  2. 由来
  3. 生産の現状
  4. 原材料
  5. 製造工程
  6. 製品
  7. 課題
  8. まとめ
 兵庫県は、北は日本海、南は瀬戸内海の両面をもちあわせ、自然条件や社会的、経済的環境を異にする多様な地域からなっている。南北168キロ、東西110キロ、面積8,368.86平方キロの県域は他のどの府県よりも変化に富み、自然の恵みも大きい。その中にあって、県下の各地には、それぞれの地域の風土・歴史・生活に根ざした多くの手仕事が永い年月にわたり地味な努力をかさねつつ創り継がれている。しかし、産業・生活習慣の急激な変化に伴い、オートメーション工芸の進む折柄、手づくり工芸品に”一隅を照らす努力”を重ねている伝承者たちも高齢者が多く、県下の貴重な手づくり文化が滅びゆく危険にさらされている。
 手づくりのもつ味わいには、、祖先の生活が秘められている。これらを使用するとき、私たちの心に安らぎを与えてくれる。「物」から「心」への質的価値転換が高まりつつある現在、私たちは、このような伝統文化の灯を消してはならないし、これを守り、大切に受け継ぎながら新しい生活文化を育てる基盤にしたいものである。
 幸い、新しいふるさとづくりの一環として、生活文化創造をめざす県政の中で、機械に置きかえられない手わざの精神的価値観の再発見の気運がつよまってきている。
 そこで、周知の、また未知の伝統手づくり工芸品をあらためて見直し、特色ある工芸品の現況、伝承者の仕事の実態を調査記録するとともに、活力ある生活文化創造の基盤となるよう、振興策について考えることは、緊急な課題であろう。
 このような考えで、昭和52年度から県下の手づくり工芸品の実態を調査してきた。52年度は城崎郡城崎町の「麦わら細工」および多可郡加美町の「杉原紙」を、昨年度は多紀郡西紀町の「丹波木綿」と篠山町の「藍染」を取り上げ、その実態を調査し、十分とは言えないまでも報告書をとりまとめ、若干の提言を行った。 
 手づくり工芸品の保存・育成は、従事している人びとの問題としながらも、やはり国・県・市長の行政の支援が必要であることは申すまでもない。
 幸い調査を実施した工芸品については、早速、それぞれの地元の町など、関係者のご協力で振興策が図られ、あるいは検討されていることは、大変喜ばしい。
 今回は、神戸市有馬町の「有馬筆(書画用)」の調査を行った。わずかな期間の調査であるが、これを契機に地元各方面のご協力によって更に問題が掘り下げられることを期待し、手づくり文化の保存と振興に少しでも役にたてば幸いである。
 この調査の実施にあたってご協力をいただいた関係者の方がたに対し深く感謝の意を表す次第である。
写真 和田
昭和55年3月

調査委員 岡 澤 薫 郎
同  和 田 邦 平

  1. 産地の概況

     有馬筆の生産地は、日本最古の温泉地として名高い有馬温泉のある神戸市北区有馬町である。
     有馬町は、昭和22年3月1日、旧有馬郡有馬町から神戸市に合併されたが、国立公園六甲山の北側の山麓の美しい大自然に抱かれた海抜370m、三方を山に囲まれた温泉地であり、温泉を主体とした観光を中心に発展している町である。
     有馬温泉の歴史は古く、「日本書記」に631年に舒名天皇が皇后とともに入湯され、有馬皇子の誕生をみたと伝えられ、647年には、孝徳天皇も群臣とともに入湯し、今も行宮の跡と伝えるところがある。奈良時代の聖武天皇の頃に僧行基が温泉寺などの寺院を建立し、平安時代には、白河法皇、後白河上皇、藤原俊成らもおとずれて入湯したという。
     鎌倉時代に大和国吉野の僧仁西が熊野権現より夢で温泉再興のお告げを受けて温泉を復興したと伝えられるが、その時、薬師如来の守護神12神将にちなんで湯治客のために、池の坊、北の坊、下大坊、芽の坊、横の坊、中の坊、中蔵坊、上大坊、奥の坊、二階坊、尼崎坊、御所坊の12坊を湯治客のために開いたといわれ、今も旅舘名として相当数が残っている。
     天正、慶長年間(16世妃末)に戦火や大地震でこわれた温泉を豊臣秀吉が修復し、好んでこの地をおとずれ大茶会を催したという。
     江戸時代になると非常に栄え、19世紀初めの文化文政時代には「有馬千軒」といわれるほど栄えた。
     現在の有馬町は、面積8.3平方km、人口約3,000人、世帯数約960で、その約6割軽が湯泉観光に関連した職業に従事する温泉主体の町であり、観光関連以外とりたてて産業もないため、他はほとんどが阪神間の企業等への通勤者とみられている。
     阪神間からの交通の便もよく観光客についてのくわしい統計はないが年間約150万人位が訪れる。
     有馬筆のほか、特産みやげ品に有馬人形筆、有馬かご、炭酸せんべい等がある。
  2. 有馬筆の由来
     
    有馬において筆づくりが始められた時期は、古文書の記録を欠くため明確でない。
     しかし、有馬温泉が日本最古の温泉として古くから開け、7世紀の頃から朝廷、貴族、僧など当時の文化人の来湯、滞在が多く、周辺に社寺も多く、また、筆毛の原料である動物、筆軸になる竹も豊富であったことなどから、古くから筆づくりが行われていたと推測される。古文書に朝廷への貢納等の記録がないのは、社寺で使用する筆の製造が主であったからではないかと考えられる。
     有馬温泉についての文献は多いが、有馬筆に関して記述したものは少なく、筆に関するものとしては、寛文4年(1664年)の黒川適祐の「有馬地志」の中に「巻筆」として「居民筆ヲ製ス五色ノ糸ヲ以テ其ハ管ヲ巻ク名ヅケテ巻筆卜曰フ。又管頭二紙ヲ以テ偶人ヲ造り管内二糸ヲ以テ之ヲ操ル。手二随テ出没ス是レヲ人形筆卜号ス。」とあり、現在も有馬温泉のみやげ物として著名な有馬人形筆が紹介されている。
     人形筆については、室町後期の永禄2年(1559年)に川上の下男の伊助という人が有間皇子の出生にちなんで作り始め、みやげ物として好評をえたと伝えられている。これは書画用の筆に細工をほどこしたものであり、書画用の筆はその前から製作されていたと推測される。
     現在、全国の筆の約8割を生産している広島県熊野町での筆製造の始まりは、元祖とされる音丸常太、佐々木為次らが、天保5年(1834年)頃から有馬で製筆法を習得し、帰村して村民にその技術を伝えたとされており、それ以前は、紀州熊野への出稼ぎ等の帰途、奈良地方に産する筆墨を仕入れて諸国に行商するのが例であったとされており、有馬の筆もその中に入っていたと思われる。
     筆の産出は明治中期から大正初期にかけてなかなか盛んであって、有馬物産中の最高位を占め、明治23年の有馬温泉記(榎本義路)によると年額24,535円(明治22年調)製筆職工120戸321人、年産出高3,505,000本余、筆卸商10戸、同小売商23戸、筆毛卸売商3戸、同小売商5戸、筆軸卸小売商6戸で、明治19年以来産額が非常に増加したとしてある。次に大正4年の有馬温泉誌(辻本清蔵)には、年額18,600円(大正2年調)、職工96人としてあるから、すでに著しく衰退している。
  3. 生産の現状

     明治の最盛時、筆職130戸、320余人、生産数量は年間約500万本もあったと伝えられ、他に筆卸商、小売商、筆毛卸商、筆毛小売商、筆軸卸小売商もあって、筆の一大生産地であったが、現在は、書画用の製造は、下記の「みなせ筆本舗」1ケ所のみである。
     なお、有馬温泉の観光みやげ品として著名で数百年の伝統をもつ「有馬人形筆」の生産も同町の「西田商店」のみとなっている。
    (1)製造業者
     @ 名 称  (有)みなせ筆本舗
     A 所在地  神戸市北区有馬町1091番地の2
        電 話  078(904)0317番
      B 従事者  6人
       (内 訳)     
    性別 年齢 従事年数
    67 47
    61 46
    36 16
    65 22
    42
    34
    (調査時の昭和54年=1979年=時点)
4. 原 材 料
  1. 種類
    @ 動物の毛
      羊、馬、鹿、狸、猫、鼬など動物の原毛を筆の品質、性格、種類等に応じて単独又は組合せて使用する。
    A 筆  軸
      竹軸を筆の種類に応じて太さを選んで使用する。
  2. 仕入れ状況
    @ 毛 筒井商店(大阪府東大阪市)
    A 竹軸 神島史芳堂(広島県安芸郡熊野町)
      永年、上記の筆用の専門店から仕入れをしており、筆用に選別、一部加工されたものが納入される。動物の毛については、最近は国内産のみでなく外国からの輸入品が多くなっている。また、竹軸については、竹そのものは東播から三田地方にかけてのものであるが、筆用の軸としての加工がなされていないため、加工された製品を上記から仕入れている。(調査時の昭和54年=1979年=時点)
              
5. 製造工程(筆の出来るまで) ⇒  ( 「製筆工程の詳細」  有馬筆筆司 山口 そう一)
 筆の製造工程は、各産地により多少の相違があり、各工程の呼び方、道具、道具の呼び方なども多少の違いがあるようであるが、有馬筆(書画用)の製造元“みなせ筆本舗”作業場における工程は次の18とおりである。
  1. 乾焼   
     油抜きと毛のくせ直しのため、少量の石灰を加えた熱湯に、布に巻いた原毛を入れて弱火にかけ、日陰で乾かす。                     
  2. 選毛
     同種の毛を3〜5段階に選別し、良いものを穂首の先に、悪いものは腰に入れる。                 
  3. 綿抜き
     選毛した各毛を櫛に通して綿毛をとる。                        
  4. 火のしあて
     「火のし」=中に灰をつめ、炭火を入れた陶器の小型火鉢=を毛の上に置き、毛のくせを直すと同時に内部の油を浮き出させる。
  1. 毛揉み
     「もみがら」をよく焼いて白くなった灰で毛を揉む。
    日本狸、鼬、上物の羊毛などは、手で揉んで油抜きをする。その他の毛はやや厚めの布または、なめし皮で揉み十分油気をとる。
  2. 先寄せ
     再度綿抜きをし、毛の先を毛板という板で軽くたたきながら毛先を寄せて揃える。「ハンサシ」という小刀の刃をおとした道具で、先の悪い毛や先のない毛を抜いていく。揃った毛を適量ずつ紙に巻いていく。以上が広意での毛揉み工程である。
  1. 寸切り
     ぬるま湯にひたし、ぬれた毛をガラス板の上で「ひらめいた」と呼ぶ小さな板と指とで強く押さえながら櫛をとおし、揃った原毛に「寸板」=板の幅3厘ごとに各サイズあり「分板」ともいう=をあててこの寸板の幅の長さに毛を切り分け、長さの違う毛を作る。

  2. かっこう付け 
     寸切りした毛は、長さによって「先毛(または命毛)」、「いちはた」、「にはた」、「こしはた」、「切毛」、「あん」と呼ぶ。いろいろな形の筆の各部の長さの毛の量の組合せを決めることを「かっこう付け」と呼ぶ。
  1. ねりまぜ
     かっこう付けを終えた毛を適量ずつガラス板の上にとり、各部の長さの毛が全体にまんべんなく混じり合うようにねりまぜをする。小筆なら一度に10〜15本分ぐらいの量をねりまぜる。

  2. しんたて
    ねりまぜを終えた毛のしりにふのりを少量つけ、造ろうとする筆の太さに分けていく。「芯立てこま」に1本ずつ入れてキッチリと太さを定める。これで筆の芯が出来上がる。                        
  3. 上毛造り
    芯を造るのと全く同じ工程を経て筆の上毛を作る。
  4. 上毛着せ
    上毛を適量薄く広げて芯毛の上にくるりと巻きつける。


  1. 乾  燥   上毛を着せた穂首を十分に乾かす。
  1. 緒縮め
    十分乾いた穂首のしりを麻糸で巻き同時に焼きゴテで焼きながら蹄める。
 
  1. くり込み
    出来上がった穂首を竹軸につける。まず、竹軸の「面とり」をし、穂首をさし込んで接着剤で固定する。
  1. 仕上げ
    穂首を十分ふのりをしみ込ませ、糸を巻きつけて余分なふのりを取ると同時に形をととのえる。
         
  2. 乾  燥
    仕上げを終えた筆を乾かして穂首を固める。
                             
  3. 銘入 り
    筆の軸に銘を彫り込んだり、レッテルや定価を貼ってできあがる。
 「製筆工程の詳細」  有馬筆筆司 山口 そう一

6. 製品
  1. 製品販売の方法
     店頭での直接販売及び卸並びに問屋、小売店を通じて、販売している。店頭直売が約7割を占めているが書道教室の指導者を通じているものが相当多い。
  2. 販売場所
     神戸市中央区元町5丁目「みなせ」(電話 078(341)2541代表)
     (注)書画用品全般を扱っている。
  3. 市場開拓
     店頭での展示及び書道専門誌、新聞での広告等
  4. 種類及び価格
     毛筆の種類は非常に多く、毛の種類、硬軟、形体、長さ、太さ、仕上りなどの組合せによって筆の性質が異なり、統一された分類基準はない。
     現在、店頭に筆名を付しているものだけで約30種類あるが、その他の特別注文品により製作する筆は200〜300種類にもおよんでいる。
     製品には、「みなせ」の標示をしているが、「有馬筆」の標示はしていない。
      価格は、800〜200,000円

    〔主要製品〕
    筆 名 寸 法(穂) 主たる原毛 主 た る 用 途
    1分4厘×6分 仮名、臨書
    楠香 2分×1寸 仮名、半紙書、日常文=漢字(以下同じ)
    すみれ 2分×1寸 日本狸 仮名、日常文
    長 養 1分6厘×9分 鼬・日本狸 仮名、半懐紙、臨書、日常文
    清 風 1分5厘×7分5厘 仮名、臨書
    風 月 1分5厘×8分 仮名、日常文

7. 当面の課頴

 「有馬筆」といった場合、最近では、一般的には特産の観光みやげ品である「有馬人形筆」のことと思われているようである。有馬が伝統ある書画用の毛筆の産地であったこと、さらに、現在もその伝統的な技法を継承して純粋の書画用の有馬筆の製造が行われていることが一般には忘れられてきており、知らない人が多い現状である。
   注:有馬のホテル、おみやげ屋さんなどで販売しているのは人形筆であり、有馬筆ではありません。)

 伝統的な有馬筆の特色、よさとともに地域の伝統的な産業としての価値などを見直し、一般への周知を図ることがまず必要と思われる。
 最近、書道ブームに乗って販売は順調に伸びているようで、生産が追っつかない現状にある。しかし、なんとか一人前になるのに3年位かかるために、伝習生がなかなか定着せず後継者の確保が難しいようである。
 地域の伝統的な産業として再興し、保存、振興を図るためには、市場をさらに開拓して、販路を確立し、地域の産業として長期的な展望がもてるような方策を検討・確立する努力が必要である。

8. ま と め

 有馬筆は古来、高級な社寺筆を創ってきた伝統を生かし、量産でなく質的にすぐれた製品を創り続けている。従って、書画専門家の好評を得ており、兵庫県の書画界が全国的にも高いレベルにある背景ともなっている。
 しかるに、現在、製造業者は1軒のみとなっており、後継者の養成の振興策が緊急の課題である。
 後継者の養成の道としては、保存会づくり、少人数の伝習生の養成、授産施設等での筆づくり教室などが考えられる。
 
以上、伝統的手づくり工芸品振興調査

有 馬 筆(書画用)

兵庫県委託調査 財団法人兵庫県文化協会刊行  は完。

この調査を経てみなせの製筆部門は1982年(昭和57年)5月に

兵庫県指定 重要無形文化財 有馬筆 の認定を受けました。
みなせ
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