端渓 有名坑 原石資料

「端渓 有名坑 原石資料」 に納められ端渓各坑・・・、
 これら有名端渓坑の原石は1999年にはまだ採掘されていた。
しかし、採掘技術の進歩は既に採掘量の過剰をもたらしその過剰採掘が過剰在庫をおしすすめ採掘の終焉が迫っていた。そしてこれを知るものは現地でも一握りだけだった。
時の権力により試みられた『老坑最後の試掘(1972年〜)』は採掘の本格的再開へと進展、試掘からそのまま進んだ老坑原石の採掘は21世紀初頭の採掘中断令を経て全面採掘禁止へと続くことになる。
  1972年、時の最高権力者「周恩来総理」、
老坑の輝かしい歴史と現状を知り採掘再開の可能性調査を指示。
この確固たる擁護の下、肇慶市人民政府は(旧坑と呼ばれる)老坑旧入口からの坑道をなんとか入坑できるように改修し前回の閉鎖まで採掘していた採掘現場を試掘。そこから掘り出した原石の変わらぬ素晴らしさにより『老坑採掘の再開』は直ちに、そして強力に進められることになる。
採掘性の改善のため試掘に使用された「(旧坑と呼ばれる)旧入口」の右サイド20m程の所から前回閉鎖時の採掘現場=老坑坑底=へ至る新入口(新坑と呼ばれる)をつくりこの新入口から老坑坑底へつながる導坑の開設を始めた。
1980年に老坑坑底≒採掘現場へ至る立派な導坑=新入口(新坑と呼ばれる)が完成。
一挙に採掘環境が整備された老坑は過去に例のないペースで採掘⇒過剰採掘が進み瞬く間に過剰在庫に直面、既に1990年代半ば頃には早くも採掘を続けることが躊躇される状態になっていた。
状況打開策を次々と試みるがいずれも実効性乏しく、為すべき有効な術のないまま数年後の「採掘禁止令」発令へと突き進んだ。
老坑の新しい玄関に相当する新導坑から入坑しても、この新入口が開設されるまで長い長い間使用されてきた古い入り口から入坑しても至のは同じ採掘箇所なのですが、1980年に完成した新しい導坑入口を『新坑』と呼んだが為「老坑の古い入口(旧坑と呼ぶ)」と「(新坑と名付けた)老坑の新しい入口」は違う場所、との誤解を生み、又一部は「誤解」を利用し、更に一部は「誤解」へと誘導した。
新坑?旧坑?
「端渓原石セット」に納められた端渓各坑を集めた時既に過剰採掘がもたらした原石過剰在庫により原石採掘を続ける事は困難な状態に陥っていた。
この時期に合わせるかのように急激に進展した中国の発展は端渓の、老坑のふるさと“肇慶”に及び、端渓各採掘坑一帯の地は観光地・住宅地・・・と化し数多の坑が物理的に採掘不可能に陥りました。
端渓管理者は採掘地の住宅地化・観光地化を表だった理由に挙げ採掘を禁じ、その後は『地球環境・地球資源保全』と言う大命題を理由に加えて採掘禁止令は強化され、本来の端渓各採掘坑共に新たな採掘は不可能になっています。
翻って沙浦地区。予てより端渓各坑に外観が似通った原石が採掘されていた沙浦地区。
端渓渓谷の、言葉通りにひと山東に位置する“沙浦地区”。この沙浦地区にも採掘禁止令は適用されているのですがここではその適用管理が甘く採掘(≒盗掘)が続いているとのことです。
元来の「宋坑」等々の採掘地「北嶺」にて採掘された原石と外観上はよく似た、しかし硯としての基本性質は大きく劣る宋坑もどき、緑端(緑石端渓)もどき、梅花坑もどきの原石。
峡南の端渓渓谷で採掘されていた有名各坑と、やはり外観はよく似た、しかし硯としての基本性質は大きく劣る老坑もどき、坑仔巌坑もどき、麻子坑もどきの原石。これら沙浦原石を正真の老坑、坑仔巌、麻子坑、宋坑、・・・とし流通させる勢力が勢いを増している様子です。
半辺山坑とは?
「端渓原石セット」に納められた端渓各坑共に新たな採掘が不可能になっています。

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契約時(1999年3月)稼動中の「端渓 有名坑 原石資料」⇒ 11坑 の 原石セット
天然石材です。原石の個体差、端渓硯を扱う業界で許容される範囲下での色合い、形の差等はご容赦ください。
( 各硯平均の天地概寸 80mm )
収納各原石の採掘地
老坑、坑仔巌坑、麻子坑、羅蕉、古塔巌 各坑とも南嶺。それぞれの本来の坑から採掘した原石による。
梅花坑、緑端(緑石端渓) 南嶺。 本来は北嶺。南嶺沙浦に採掘坑を求めたその原石による。
宋坑 北嶺。 本来の宋坑採掘の原石。
有洞巌(有凍巌)、二格青 南嶺。 本来は北嶺。南嶺沙浦に採掘坑を求めたその原石による。
白玉石  白端渓として流通することもある。 肇慶南方約60km 雲浮市。
★沙浦坑区???
 
   
 老坑、坑仔巌坑、麻子坑、羅蕉、古塔巌  
     各坑とも羚羊峡南嶺斧柯山(燗柯山)から採掘される原石を作硯した銘硯。
20世紀末ころからこれら採掘坑の散在する南嶺を東へ10Km程離れた、同じく南嶺羚羊峡の東サイド「沙浦」坑区採掘原石を以て作硯した硯の外観=見た目の「色調や石紋の様子」により、端渓硯の確たる評価を世に知らしめた「老坑」をはじめ「坑仔巌坑、麻子坑、羅蕉、古塔巌」などの北嶺名硯の名をそのままに市場に溢れる。
 
有洞(凍)巖  
    本来は北嶺。本来抗の採掘事情により南嶺沙浦に新採掘坑を求めたその原石による。
しかし沙浦坑区原石。 老坑、坑仔巌坑、麻子坑と見まがうばかりの石紋、硯色を持つが硯にとって一番大事な基本品質「石密度」は老坑・・・等に比すべくもなく著しく劣り、「磨墨力」も比較対象とはなり得ないレベル。
 
二格青  
    沙浦から採掘される。同域採掘の「紫端渓」とともに宋坑代替品と明記され流通した時代もあったが20世紀末頃からは「宋坑」として流通する例が多い。本来宋坑と比し「鋒鋩」と呼ばれる硯の機能「磨墨性」、そして「石密度」ともに明らかに劣る。  
梅花坑   
     北嶺採掘原石が「梅花坑」の元。20世紀後半期に南嶺沙浦の採掘原石に頼る。以降沙浦坑区原石による作硯。  
緑端  
     前項「梅花坑」と同じく北嶺採掘坑が元。しかし20世紀後半期には既に南嶺沙浦の採掘原石に頼っている。  
白玉石  
   「白端渓」と称せられることが多い白玉石硯。試みに「白端渓を扱えるか? 扱っているか?」と尋ね廻った肇慶硯廠の全てが白端渓と称し流通している「白玉石」を「白端渓」と説明した。
が、弊社が訳あって信用し長年付き合う肇慶硯廠は明確に≪端渓ではない。白い玉石だ。≫と白端渓説を一蹴し、白端渓とされる原石の採掘地詳細も公表してくれた。
 
 
   
商品名 1999年3月、契約時稼働中の 「端渓 有名坑 原石資料 」   価格50,000円(正味販売本体価格)  
価格は、端渓硯の、そして中国書道用品全般の、時代とともに変化するコストを基に輸入元として設定した輸入者卸価格で、2018年5月に更新したものです。が、現実の端渓価格変化は、新設定原石セット価格「48,800円」は同セットに組み込まれている石質レベルの老坑原石ひとつの購入でさえ「困難」な状況へと変化しています。
 
内容 : 端渓10坑原石「老坑、坑仔巌坑、麻子坑、羅蕉、古塔巌、有洞(凍)巖、二格青、梅花坑+白玉石」
このうち白玉石は白端渓として流通する例が多いが『白い玉石』であり『端渓』ではない。また、広い意味の=産地肇慶が言う「端渓坑石」であって「歴史的な端渓坑石」のみではない以下各坑石(各坑の詳細は前述)。
老坑、坑仔巌坑、麻子坑、羅蕉、有洞岩、宋坑、梅花坑、緑端、古塔岩、二格青 の端渓10坑+白玉石  計11硯坑 
 
≪端渓 有名坑 原石資料≫を契約した1999年3月時点で稼働していた『端渓 有名坑 原石資料』で、端渓本来坑は全て現在閉鎖中。老坑や坑仔巖模倣(偽)硯の原石ともなる沙浦坑区の有洞巌は採掘継続中。  
   
契約・通関後暫く経過した時点で、特に高名な「老坑」「坑仔巌坑」の二坑に「採掘禁止令」が発令されました。
採掘環境の整備がもたらした過剰採掘に依る「在庫過多」が異常とも言える大量になり適正在庫量に戻るまで採掘を中止する、との発令内容です。
この命令以降「老坑」「坑仔巌坑」は採掘されていないことが建前です。
しかし、以前にもます勢いの「盗掘」に加え「採掘済みの原石」在庫がまだまだ過剰ですので当分老坑硯が足りないなどの事態は起こりようがありません(⇒2010年過ぎには本来坑石硯の契約は極度に困難になりました)。
過剰在庫が招いた「採掘中止」であるにも拘わらず「原石層が枯渇したから採掘出来なくなった」などと全く事実とは真逆の喧伝をしている勢力もあります。
     (採掘禁止令は「地下資源保護」との北京政府発令に応じた政治的な処置なのです)
過剰採掘がもたらした過剰在庫に輪をかける盗掘を完全に排除するため2007年秋から端渓各坑の採掘現場≒端渓渓谷全坑の採掘の禁止が強化され峡南の端渓全坑が強制閉鎖されました。
これに依り採掘は事実上不可能になりました(老坑、坑仔巌坑、麻子坑、宋坑等々の端渓有名坑と見た目の似た石材を産する『沙浦』地区各採掘箇所は閉鎖されていますが、こちらは未だに盗掘に近い形で採掘を続けているとのことです)。強制閉鎖に踏み切った時点で新たに「地球資源保全のため」との理由が追加されました。

※北嶺からの採掘は既にされなくなったことは「端渓最新情報」でもご案内していますが北嶺で最後まで採掘していた「宋坑」も宋坑跡「住宅地、別荘地」への変貌を遂げました。
端渓の伝統的採掘地「羚羊峡峡南」地域とはホンの少し離れた沙浦地区(羚羊峡峡南、老坑等のある斧柯山=燗柯山東サイド)原石の基本的な石質判断基準である“石密度”は“粗”。しかし乍ら見た目は高名な端渓各坑と非常によく似た原石が採掘されることで有名です。
この「沙浦地域」から「老坑、坑仔巖」は言うに及ばす「麻子坑」「宋坑」等にも見た目によく似通った石が採掘されており、既にこれらが正真の「老坑、坑仔巖、麻子坑、宋坑」として流通している例があります。
 
★2008年頃から中国の「端渓 ⇒ 老坑」ブームが再燃。
2010年4月、長い付き合いの肇慶硯廠から「老坑原石佳品」を少し溜めることが出来た。
この5月に北京で「端渓展示会」を肇慶の硯廠合同で行う。
それまでなら確保しているから是非とも見に来るように、とのオファーと共に「画像」が届きました。
画像で見る限り素晴らしい石のようです。直ぐ通訳と共に肇慶へ飛びました。
確保してくれた「老坑原石」は画像で見る素晴らしさより尚一段と素晴らしい原石です。
これら一群、確保していてくれたもの全てを文句なく契約しました。
イヤ、ひとつ文句を言いたいことがありました。
契約価格が跳ね上がっていたのです。 
が、現地の様々な状況を見てしまった後では何も文句を言わずに集めてくれた全てを契約しました。
この時の硯廠責任者の談話:
今の老坑ブームは長続きしそうだ。老坑が火付け役で坑仔巌坑、麻子坑にもその流れが起きている。
私の硯廠の持つ老坑原石は、政府最後の老坑原石放出時の買い付けに成功、などの事情もあり25年以上の在庫があるつもりだったが今の販売ペースではあと20年持つかどうかに変わった。
さらに「佳い石から硯に仕立てている」。
   「今回連絡したのは、このようなレベルの石をまとめて取り扱うことは今後は非常に困難と思われる
    ので長い付き合いのみなせに連絡した。・・・。」・・・、と話しは続きます。
一連の話しの流れの中、一番印象的だったのは
「ここ二〜三年、日本人はほとんど来ない。国内で凄く売れているから来なくて丁度よい」と
漏らした一言でした。 以上中国の端渓、特に老坑ブームにまつわる現況です。

★2013年3月
昨年秋口、肇慶の端渓硯廠から「老坑原石の在庫はまだまだ充分持っているがみなせが契約する品質レベルの高い老坑原石は手持ちが少なくなってきた。」との連絡が入りまし。
長年の取引で信頼関係が確立している硯廠の連絡です。
細目を問い合わせ硯廠が言う「一定レベル以上の品質を持つ老坑」を全部契約しました。
2013年4月末、これらの通関検査が終わり入庫しました。
品質はいずれも満足出来る内容ですが「4〜7吋」の大きさ迄で「8吋以上の大型老坑硯」はありません。
直ぐに「貴硯廠在庫の老坑原石にみなせが契約する品質のものは終わりなのか」と問い合わせをしました。
返事は「佳い老坑原石から作硯している。採掘が許可されていた頃から在庫して来た老坑原石まだまだ沢山あるがそれらはみなせが契約するレベルには届かないものばかりだ。」です。
「協力硯廠や朋友硯廠」に残っている「老坑原石」
条件A:品質の確認 
条件B:8吋以上の方硯を作硯出来る原石」を調べ連絡して欲しいと再要求を出しました。
「協力硯廠や朋友硯廠」全て併せ今回のみなせ条件を満たす原石の数=原石から作硯出来る硯数はわずかに25面だけでした。
もはや価格云々の交渉をすべき老坑現状ではないとも思ったのですが「契約価格の交渉」をしてみました。
長い付き合いの老朋友の、そして老坑の貴重さを肇慶関係者同様に理解しているみなせの契約だから「十二分に考慮する」との返事とともに今の中国国内流通価格より安い契約価格のオファーがありました。
全量契約したのは勿論のこと、現在原石から作硯中、5月頃には船積み出来る、との連絡です。

⇒全硯入荷済み。
一部「木箱」にすり傷が入っている。一部の木箱の木目が横目で作られている。ぐらいが難点と言えば難点で老坑としての本質、硯石は佳材ばかりで大満足しています。感謝!!!
 

白端渓とは
半辺山坑とは

写真は入荷現物から無作為に写したものです。
資料毎の色・形など自然産品としての差はご容赦下さい。

     
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