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2007年〜2008年 ⇒                  .
 1990年頃から蠢きだした端渓採掘激動の最終情報・・・
変動の先触れから激動期、そして終焉へ!!!
1972年、約50年ぶりに再開された老坑は、1980年の採掘現場へ到る新導坑=新入口の開設などによる採掘条件の画期的な改善により、「旧坑=旧入口」から入坑していた時代に辿り着いていた当時の採掘最深部「水帰洞」に連なる更に深い採掘箇所への進行を可能にし、老坑採掘の歴史上類のない硯質の高度な安定さと採掘量を実現させました。
この過剰採掘がもたらしたとしか考えられない1990年代後半から始まった端渓採掘環境の激動期は、以下にご案内する「端渓採掘坑全坑の強制閉鎖」 などの実行により、最悪とも言える状況で終焉いたしました。  以下、端渓全坑完全強制閉鎖への最終現場状況をご覧下さい。 
老坑をはじめとする端渓各坑の鉱脈は健在です。
過剰採掘=過剰在庫がもたらした採掘禁止です。
中には「宋坑」など採掘地が住宅地に変わり採掘不可能になったのが閉鎖原因の坑も有ります。
⇒住宅地ではあっても別荘地としての利用が主の様子です。更に自然環境保全の大儀が加わったとのことです。 
2008年3月にも、弊社在庫量としてやや寂しくなった「坑仔巖」「麻子坑」を中心に新たな契約をいたしました。端渓各坑閉鎖以前となんら変化無く契約でき・入荷いたしました。
端渓各坑とも、現地の原石在庫量には全く問題は無いと思えます。

2006年末、既に始まっていた『激動の前触れ』 肇慶事情
★★★ 麻子坑・坑仔巖坑 不法採掘により≪坑道 爆破封鎖 ≫へ ★★★ 

2006年12月13日に契約した逸品ものが 2007年1月25日全量無事入荷しました。

通常の端渓契約は、今回のみなせ契約内容のような「逸品もの」ではない通常の「規格品」の契約であっても契約硯100%の現品確認をし契約書にサインする輸入業者もいるほどで、老坑・坑仔巌ほど貴重でない坑の端渓でもその坑の逸品ものを契約する時は現物全量確認が常識の世界です。

まして老坑・坑仔巖の逸品もの、その現品を見もせず写真や画像だけで契約、それも肇慶の硯工場からOFFERされただけの、まだ硯への加工をはじめていない原石も含めた硯全量を契約することは正に異常な契約と言えます。
端渓逸品ものの「送られてきた“現物写真 & 画像”」、それと「長年にわたるこの端渓工場との付き合いで培ってきた“信頼すべき工場であるとの自己認識”」を信じ契約・輸入しました今回の入荷品も全く間違いのない逸品揃いでした。

人間として信頼出来るかどうかの判断は理屈ではなく本能的に感じ取るもなのでしょうか。
この工場との付き合いが始まった1970年代、他の多くの硯工場にも質問しこの工場にも尋ねた端渓に関するある事への返答からこの工場はひと味違うぞ、信頼出来るのではないかと感じ、そして以降の付き合いの節々でのふとした言動や雰囲気から確かな信頼感と言うべきものが増幅し存在するようになり、お互いにこれを育成してきました。

今回の契約は、
いつものような「在庫が寂しくなってきた時点で補充契約をする」と言うものではなく、
肇慶工場のOFFER時に過去にはなかった「何らかの事情が生じ緊急に現金が必要になった」、その張りつめた雰囲気を感じ取り、又、これを感じられたからこそ長年の信頼を保つためにも、
みなせとして在庫が十二分にある、まだ買い増し必要のない契約を実行しました。

今回の入荷により在庫が充分だった「老坑逸品もの」「坑仔巌逸品もの」は更に充実した内容になりました。
これら硯は徐々に「端渓硯現品販売コーナー(画像掲載)」に掲載していく予定です。

2007年4月、端渓の規格品「麻子坑」「坑仔巌坑」「宋坑」の一部在庫に弊社としては面数の寂しいものが出てきましたので契約依頼のFAXをいつもの硯工場へ、いつものように気楽に送りました。

しかし、肇慶の硯工場の気配は前述の昨年12月契約時の状況とは一変、
オファー価格は大幅にアップ、しかも契約数による価格差、木箱の状況等などに事細かい条件を付けてきました。
肇慶硯工場と契約を始めた当初はいざ知らず、ここ暫くの記憶にはなかったことです。
価格交渉以外は相変わらず非常に友好的で親切且つ親近感溢れるものなのですが、価格に対する態度が昨年12月中旬の商談・契約時とは“全く”変わってしまったと言えるほど異なっているのです。

価格の上昇幅を抑えるよう交渉をしてもまるで受け付けないのが明らかな雰囲気です。

交渉を中断し、弊社にとって肇慶の硯工場より長い付き合いがあり中国文房四宝関係公司の中でもシッカリした情報を持っている別の公司に事情を聞いてみました。

老坑・坑仔巖などの採掘済み原石在庫は少し前までは20年程度が各硯工場にある、とのことで(この在庫量については何度も工場からも聞かされていました)いずれの工場も在庫を適正量に減らすのに大きな努力を払っていました。
しかし、今年に入ってからその在庫量が15年分程度に減っていることが判り、又そのタイミングで肇慶以外の地域から一定量まとまった注文が入りました。
これを受けたその硯工場は自社の在庫減少と、
老坑・坑仔巖を中心とする採掘禁止令が何時になれば解禁になり採掘を再開できるのかが不明な現状から工場のオファーを受け入れない場合は注文を断わる方向へ商談を進めたところ、工場の希望する価格で契約が成立しました。

同業者にこの間の経緯を自慢げに話しました。

これが瞬く間に多くの硯工場に伝わり老坑・坑仔巖原石を持つ各工場の売り惜しみ・価格UPが始まったのです。 
この公司自体も契約を申し込んだのですが希望する値での契約は不可能、工場の言い値でしか契約ができませんでした。
大筋ですがこのような経緯の説明でした。
これら情報により弊社もやむなく硯工場の言う最善の、最優遇のオファーを承諾、契約しましたがその後も価格UPは続いているとのことです。
長らく価格破壊の代表者であり、大凡旧価格の30%前後(70%前後の下落)の価格帯まで、品によってはかっての1〜2%の価格帯にまで下がり、数字だけから見るとまるでデノミを体験しているような凄まじい価格破壊を実現した端渓の硯、その特異な歴史的時間もとうとう終わりを迎え、端渓の中でも上級の硯から価格UPが始まったようです。
しかし、各硯工場は、現実には、まだ10数年分の採掘済み原石を抱えているのですから、
何らかの理由で現金が必要になった工場が現金を手に入れるために契約価格を下げる、
それにつれ又値下げ競争が始まる、そんな希望も残っています。
端渓の値動きの先行きは読めません。取り敢えず、現況報告です。 

件の契約端渓は07年6月初旬に無事通関・入荷しました。品質などは当方の希望・契約内容とおりで価格UP以外には全く不満のないものでした。   

★2007年7月5日、肇慶硯工場から「宋坑、麻子坑」の値上げ通知FAXが届きました。
 老坑・坑仔巖など高級硯の価格UPが一般端渓硯にも波及してきました。
 具体的な値上げ理由には触れていません。 ↓
                 
 2007/7/7 宋坑価格UPの理由が届きました。以下は届いた中国語FAXの訳文です。
宋坑の原料が不足しており、今持っているのは一人だけで、彼が半製品を加工しており、どこの硯工場へも売ろうとしません。
もし宋坑が要るということであれば、必ず彼から半製品を買わなければならず、そうなれば大変高いものになってしまいます。ものによっては麻子坑より高くなります。また、麻子坑は少し値段が上がります。
ほんとうにどうしようもない情況で、硯は大変やりずらくなっています。
 2007年、そして値上げへ・・・・
                 
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2007年9月10日到着情報から加速度的に変貌、驚きの全坑強制封鎖へ
端渓各坑 全坑≪封鎖≫中 !!!  詳細はこちらの頁で 
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