「端渓のまことを伝えたい」校了後 「端渓採掘現場」 から届いた「現地実情 & 現況」 
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以下は ≪「端渓(端渓のまことを伝えたい)」 校了後≫ の 状況変化と & 資料です。
 
以下ご案内の時間流を経て端渓全坑採掘禁止⇒強硬手段に!! 
老坑採掘現場へ至る「新入り口&導坑」が完成、採掘環境が整った老坑は・・・・・・・・。
 
誰が流したのか、
1990年頃から広がりを見せた根も葉もない流言『老坑は枯渇した。もう採れない』が端渓愛好家、書家など端渓に興味を持たれる方々の間で勢いを得続け、実際の老坑環境とは全く異なるこれら流言が事実として定着し始めていることに危機感を持ち
1997年10月頃「老坑の事実を知ってもらうために」老坑採掘の現実をご自身の目確認していただく「老坑採掘現場調査行」の準備をはじめました。
「老坑は健在ですよ。 老坑採掘現場へ行って採掘しているのを確認しましょう」との呼びかけに即応していただいた参加ご希望者と共に始めた「老坑採掘現場調査行」は、準備を始めてから僅か2ヶ月、1998年1月に第一回目を実施出来ました。
「老坑の採掘現場」へ下るのに、旧の坑入口から入っていたときとは隔世の感がある広く安全な新入口が設けられました。
坑内の照明、採掘した原石の搬出、貯まる涌き水の排水などに電力が導入され「採掘環境&効率」も大巾に改善されました。 ※ 老坑採掘再開1972年。老坑新入り口(新坑)開坑1980年
それがもたらした老坑原石の「過剰採掘」、ひいては「過剰在庫」が顕著になり「在庫調整のための採掘禁止」が理由を伏せて行われる状況になってからもこの調査行は続けられました。

掘り進むにつれ、段々と深くなっていく老坑採掘現場へ至る入口は1980年に旧入口から約20m南の新設入口に変更になり、これにより採掘現場への出入り・原石の搬出など作業環境が大幅に改善され順調な採掘が続いたことが過剰在庫を生み、現在、在庫調整のため老坑は閉鎖されています。
もとより閉鎖中であることは承知の上、それでも現場を見てみたいとのご要望の強い方々の老坑へのご案内は、老坑がまだ在庫過剰になる前、勿論採掘制限も無い1998年1月に始めたご案内の流れとして引き続き実施しています。
2000年を過ぎた頃からは観光旅行業者でも老坑の坑口前までは案内が可能となりましたので羚羊峡を渡り峡南の老坑坑口前や坑仔巖坑まで訪れた方も多くなりました。
しかし、それでは老坑の扉は開きません。
長年に渡る端渓関係者との良好な付き合いが好影響をもたらしてくれていると思います。
みなせがご案内した時は、採掘の有無にかかわらず全回数とも老坑の扉は開放されます。

2001年11月、老坑新管理者が老坑・坑仔巖両坑の採掘中止命令を出し、現場は「取り敢えずは」と採掘再開を見送り指示に従っていましたが、半年近く経過した2002年3月、適正在庫量に戻るまでと閉鎖期間は最低5年間と決定されました。

2001年10月は、老坑を採掘しようとすれば直ぐ採掘できる水位まで西江が減水しました。
西江の水が引いたのです。 
・・・・・ここ数年、西江の減水が充分でなく、老坑が物理的にほとんど採掘できなかったことで、老坑・坑仔巖 の過剰在庫問題は表面化していませんでした。
西江が減水し、老坑採掘可能となった2002年シーズンもなお老坑を採掘しないことが、採掘しない原因、即ち過剰 在庫の問題を公にしました(2001年10月〜2002年5月に至る例年の採掘期間も、昨秋の決定通り老坑の扉が開かれることはありませんでした)。
これにより老坑・坑仔巌坑を閉鎖し、在庫調整をせざるを得ない現状が更にクローズアップされることになります。          
2001年も終わる頃、久しぶりに決まった老坑管理人の初仕事は老坑の閉鎖決定だったのです。
前記と重複しますが、老坑の過剰在庫調整のため採掘を制限又は中止しなければならない現状は、ここ数年西江が減水しなかった(老坑は西江の減水が充分でないと入坑できず、当然採掘も出来ない)ことで老坑の採掘ができず、生産調整をせねばならない現状は表面化していませんでした。
しかし、本来なら歓迎されるべき西江の減水が数年ぶりに起きたのです。老坑閉鎖とその原因を発表しなければまたしても様々の流言(老坑の原石層が枯渇したなどとのデマ)を呼んでしまいます。
正規の採掘機関が過剰在庫を認め、老坑・坑仔巖坑の暫定的な閉鎖を発表したのです。 
これで老坑再開は暫くないことがハッキリしました
老坑や坑仔巖坑の採掘済み原石の在庫量が適正量に近づくなど、採掘再開を検討するような新たな状況が生まれたり、そうではなくても何か動きがありましたら、情報が入り次第、適時掲載を更新いたします。
何にせよ、現地の動きや見通しを適切に掲載していきますので最新資料は見ていただきたいと思います。

老坑・坑仔巖坑の暫定的な閉鎖を ” 誤解 ” されないようお願いします。
老坑がなくなった、又は、なくなるのではありません。
在庫が多くなり過ぎ、適正在庫になるまで暫く閉めるのです。
しかし、誤解を利用しようとする人たちが活動を再開するのは避けられません。
もう既に、弊社宛にも、広東省の**貿易公司と称する会社からは
「情報:老坑の原材料を開採することはストップになって一年間でした。(原文のまま)」と、老坑閉鎖の原因には
一切ふれず、老坑は採れないのでは?との誤解を生じさせかねない、いや誤解を誘導するかのような手紙が、
年賀状を利用する形で届いています。また、他の肇慶の端渓関係者たちからも、値上げを示唆し買い付けを
あおる手紙が届いています。しかし、実際の契約では全く値上げの動きは見られません。下がりきったと思え
るここ数年の端渓相場を維持しています。 これら一部不良工場を含んでの動きは、真面目に販売ルー トを
増やし、少しでも老坑、坑仔巌などの拡販を計ろうと必死の努力を続けている大多数の現地工場の動きに水を
差すどころか、過去の信用をも潰しかねないものと言えます。 

続き

○ 老坑を中心とした端渓現地の最新情報は情報が入り次第、「端渓」の前文としてこちらで更新しています。


詳細はこちらをどうぞ 1999年 2000年 2001〜2003年 2003年 U 2005年
2006年 2007年

今回(1972年)の採掘再開から採掘不安までの時間流
 
旧入口からの採掘再開 1972年
この間は旧の水帰洞周辺を採掘。しかし、前回(1918年)の閉鎖までにこの部分の良石ははかなり掘り尽くされ、周辺を掘り進んでも原石は「粗」になるばかりでした(現場採掘職人談)。   
新入口開通 1980年 新坑と旧坑の連結口
新坑と旧坑の連結口
旧水帰洞のほぼ真下を西江方面に採掘。この新入口からはいることで、水帰洞より更に下部に到着、以前にもまして良石の採掘が可能となる。
この間、順調に毎年10月中旬から5月末頃まで採掘が続く。 1990年頃から
「老坑は枯渇した」との噂がまことしやかに拡がる。
1998年11月
同年10月の採掘開始から坑底に堀り貯めていた全原石が盗難に遭う。
以後警備対策強化の名目で採掘中断。
盗難≫事件の実際は、採掘した老坑原石が“既に”過剰でその対策として老坑管理人が盗難事件を利用し更なる採掘を押さえた、が実情らしい。
1999年2月
盗難防止対策を強化し2月の旧正月明けから採掘再開、5月まで掘ったと現地は言うが、坑最底部まで降りた3月の調査時点で採掘している気配はなかった。つまり、採掘はしたがその量をごく少量に押さえ、過剰在庫を公には出来ない現地の雰囲気に合わしたのが真実では?。
1999年5月
同年5月末頃から例年と同じく西江の増水に
呼応して採掘現場は水没、
10月中旬の減水を待つ。
1999年10月
既に減水期にあるにも関わらず、
9月の台風の大雨の影響で水が引く気配なし
1999年12月

例年なら減水しているはずの時期、
減水を期待して17日からと29日からの2回調査希望の方々と現地を訪れる。
西江上流域に降雨多く減水の気配もなし
2000年1月
 「いくら何でももう水は引くだろうから旧正月明けから再開」
との情報が届く。
 
2000年5月 とうとう水は引かず仕舞い。
満水に近い状況を承知の上調査を希望すされた書家方を現場へご案内する。
2000年10月 減水の気配はあるが例年より遅れている。
例年なら10月から採掘再開の筈。今年は未だ7月の満水時の水量のまま。
西江上流域に降雨がこれほど多くなったのは現地の古老でも記憶にないし、
資料にも記録がないとのこと。

地球温暖化による降雨増大ではと真剣に心配している様子です。

 同年12月28日になるも半分しか減水せず。
例年なら坑の底まで水のない時期です。
が、2001年の旧正月明けから再会するかも知れないと、今期当初と同様説明に終始する。
2001年2月5日
 西江の水減水せず。今年も採掘は見合わせることに。
老坑隣の坑仔巌坑は2000年1年間で500屯もの採掘をし在庫が有り余りとうとう在庫調整の為坑口閉鎖という状況に陥っています。  
2001年10月23日
3年間減水のなかった西江が、順調に減水。これで、地球温暖化が原因で、老坑は採掘可能水位まで減水しなくなるのでは、との危惧は消えました。
いざ減水し、採掘可能となると今までそれほど表面化していなかった過剰在庫問題が主になってきます。
適正在庫になるまで、今後5年は採掘再開はないだろうとの厳しい現地予測です。しかし、逆に考えると、歴史上、老坑の硯がこれほど豊富で、また求めやすい価格で供給されたことはないだろうと思います。
2001年11月
 新たに決められた老坑管理者の3人が自分たちの任期中は老坑採掘は再開しないと言明。
1980年から老坑新入り口が開坑し、旧入り口から入坑し原石を掘り出していた時代とは老坑採掘条件が格段に改善された結果の過剰在庫が原因。
 2002年1月
老坑在庫が多くなり過ぎ、暫くの間、生産調整のため坑を閉めるのにもかかわらず1990年頃から広められた例の流言と同様内容の文書が、広東省**貿易公司と称する会社から年賀状を利用する形で2002年1月には弊社宛にも届きました。
(原文のままですので読み辛いところもありますがご容赦下さい)
「情報:老坑の原材料を開採することはストップになって一年間でした。」と、老坑は採れないのでは?との誤解を生じさせかねない、いや誤解を期待するかのような内容です。
老坑採掘の唯一の物理的条件、西江の減水も今期(2001年10月中旬〜2002年5月中旬)は確認でき、老坑採掘に当たっての障害はただ一つ「在庫過剰」なのです。しかしこの状況は、前述通り逆に考えると、歴史上、老坑の硯がこれほど豊富で、また求めやすい価格で供給されたことは無かったし、枯渇するなどの心配もないと言うことなのです。
2002年3月
 今回も老坑が閉鎖されていることはご承知で、それでも現場を見てみたいとのご要望の強い方々を現地にご案内する。
今では、観光業者でも老坑の坑口前までは案内が可能となっている。しかし、それでは老坑の鉄扉の鍵は開かない。
昨年11月、老坑の新管理者が老坑・坑仔巖採掘中止命令を発表、現場は取り敢えずはと採掘再開を見送っていたが、今年に入り、適正在庫量に戻るまで最低5年間と、閉鎖期間の決定がなされていた。
しかし、現在の現地在庫量が5年で適正在庫になるとはとても考えられないし、硯工場も、もっともっと長い閉鎖になるだろうと予測している。1000年にも及ぶ老坑の歴史上、一度たりとも老坑の在庫過剰が原因で採掘中止命令が出されたと言う異常事態は無かった。
閉鎖していて、採掘状況をご見学いただけないのは残念だが、過剰採掘による過剰在庫により、老坑史上初めてと言えるお求めやすい価格が出現し、現物を提供できると言うことは、この時代に中国現地とのつながりを持つ我々にとって、非常に感慨深く、有り難いことである。
過剰採掘=過剰在庫がもたらした沢山の老坑&価格破壊に感謝!!
2002年12月27日
今年は在庫量が減ってきた一部の補充契約に3月と10月現地へ行っただけです。
老坑などの在庫調整のためとは言え、採掘していないことが実情調査にお誘いするのを躊躇させ、訪れる回数が極端に減るものです。
現地の生情報も訪れる度合いに比例して少なくなっていましたので、肇慶のいつもの老坑取り扱い硯工場に電話を入れて現状を聞いてみました。
現地では何も変化無し、暇なので中国国内でブームになっている「中国茶」用のテーブルなど一式を作ってしのいでいる、と笑っていました(中国茶の茶器・机・椅子などを緑端原石で作っています。緑端は他の端渓各坑より加工しやすいのです)。
西江は今年も昨期と同様順調に減水したとのことですが、老坑&坑仔巖とも環境に変化無く、在庫も大して減りもせず、採掘再開はかなり先のことになるとのことです。
2003年年2月8日
ここ数年、端渓各坑の価格が、それも端渓の中でも高級硯の坑仔巖が大きく下がったのをチャンスと捉え、宋坑・麻子坑などから坑仔巖へ、更にはこの際思い切ってと、老坑に買い換えられる書家の需要に応えて、坑仔巖の逸品ものを中心に新たな契約しました。
肇慶の硯工場は余程景気が悪いと見えてこれら高級端渓の販売先はほとんどが日本向けで、その日本は未曾有の不景気→新たに書を始めようと言う人たちの激減で、今まで数多く出荷していた端渓の入門判「宋坑」、そして少し勉強の進んだ人たちの買い換え需要「麻子坑」の契約が極端に少なくなっているからです、今まで、端渓の諸事情について、増販を狙った多くの硯工場がよくやるような、事実とは微妙に違うが嘘とも言えない程度の作り話も決して言わなかった硯工場が「坑仔巖坑などが閉鎖されて丸々二年が経過し在庫が少なくなってきている。もう値が上がりかけていますよ」とFAXしてきたのです。
実際は、閉鎖に至るここ何年か前からの過剰採掘=過剰在庫が解消する気配がまだ見えないから採掘を再開しない、つまり原石在庫はまだまだ過剰であるにも拘わらず、値上がりをちらつかせて契約を有利にしようとしている、又は早期の契約を狙っているのです。
事情はよく判っていますから、全く値上げ話に反応せず、以前からの下がった価格を逆提示しましたところ、僅か2日後に、弊社提示価格通りにサインした契約書を送ってきました。
今回の契約は、ここ十数年の契約量と比べると、多かった契約より二桁、少なかった時と比較しても一桁少ない三桁の契約量ですが、書家がご使用になる時、実用的な作硯の高級硯ばかりなので入荷が楽しみです。大体3月下旬頃入荷する予定です。→入荷しました、万歳、万歳!!
2003年10月10日                                         
長年の付き合い故、硯工場の検品を信頼し完全に検品を任せ、入荷した今年3月の硯の品質は、1970年代はじめから、当初は広州市内の広東省工芸品公司の当該場所で、それ以降も該当する硯の集積所で、肇慶の硯工場との直接契約が可能になってからは肇慶の工場で、契約の度に検品に行き、規格ものは抜き取り検査を、逸品ものは全量検査をしていたときの品質と比べて全く遜色のない品揃いでした。信頼し任せきったことが良い結果を生み、そして今後も続くであろう「良い関係」をより強固にしたようです。
書の道に入り先ず硯を求める、その初心者(一般に言う、書道を習い始めたという初心者を指すのではなく、彼らのうち書家を目指そうと書を真剣に捉え始めた人たち)が求められる機会の多い「宋坑」「麻子坑」などの端渓の動きが少なくなってます。
書家を目指す人たちが減少している様子が硯の荷動きからも捉えられます。

とは言え、これらの端渓はある程度の量は安定して動きますので、品薄になってきた在庫品の補充目的で、規格品、そして採掘しすぎて過剰在をもたらし、結果、非常に求めやすくなった「坑仔巌」などの逸品ものの契約をしました。春先と同様、硯工場に検品を一任しています。
二匹目の泥鰌=どじょう(中国語では 泥鰍)がいるはず・・・・・・入荷が楽しみです。

逸品の坑仔巌は原石のままの状態で在庫しているものが多いので、これも前回同様「実用的な作硯」を指示しています。彫り終えて出荷してくれるのは、今のところ11月後半とのことです。
03年 Uへ

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2006年 2007年〜
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