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画仙紙(がせんし)とは
書画の用紙のうち大き目の紙を指し白系の色合いを主とするが紙料により、又同一紙料を用い製紙した画仙紙であってもその紙料を晒す程度により白色ではない画仙紙も数多い。
 
※ 画仙紙の基本規格に小画仙紙、中画仙紙、大画宣紙の三規格がある。
  日本で言う「全紙」の大きさは中国で言う小画仙の全紙判であり、これが日本の画仙紙の基準サイズとなっている。
全紙(約70×138cm)を基準とし、全紙の縦半分切りは半切(はんせつ)という。⇒「画仙紙の大きさ表現と寸法一覧表」
  雅仙紙・画箋・雅箋・雅宣とも書かれる。
 
書画を書くことを主目的に作られてきたこれら大型の紙の発祥地「中国」では総じて「書画紙」と呼び、書画紙のうち産地を限定したものを「宣紙」と呼んできた。  
※ この限定された産地で製紙される書画紙をのみ「宣紙」と呼ぶのが本来であるが、宣紙本来の産地ではない地域で漉く一部の書画紙にもその地の名を冠し≪※※宣紙≫と名付けることがある。

現在の安徽省県地域(旧名“宣城”地域)の周辺一帯は良質な宣紙の原料になる青檀の木≪楡(ニレ)科青檀属 青檀 別名「翼朴」 高木⇒16~20メートルに達する。≫が自生する。
この青檀の木を主原料に藁(ワラ)を加えて作られた紙が現在に続く宣紙の元であり、旧地名「宣城」一帯で生産されたので「宣紙」と呼ばれ今に続く。
撥墨の佳さを求め、墨の持ち味、墨色の変化をよりよく表現できるように長年に渡る研究が続けられ開発された「書画に使用することを主目的とした大型の紙」。宣城地域で開発されたこの紙は、土地の名を冠し「宣紙」と呼ばれるようになった。
その「宣紙」と言う呼称が現在の日本の呼び方「画仙紙」という表現につながる。

中国で“宣紙”と名乗ることが出来る紙は宣城、現地名「烏溪」の地で伝統手法に則り生産される紙に限定されるのが本来であるが、高名な“宣紙”(ブランド)を利用し他産地の紙に「宣紙」を冠する紙も古くから見られ福建省“福建宣紙”はその代表例、且つ有名である。

大きさによって大画仙、中画仙、小画仙に分けられ、製紙仕上げ段階の仕上げ方法により単箋、二層、三層、・・に分けられる。

また、紙質によって煮硾箋(しゃついせん⇒「しゃすいせん」と呼ぶ例が多いが、いずれにしても中国名を和読みしているだけなので読み手の自由とも言える。)、玉版箋(ぎょくばんせん)、羅紋箋(らもんせん)、豆腐箋(とうふせん)などがある。
安徽省烏溪一帯で製紙する(ケイ)県宣紙に限っては「白」が主である。
烏溪: 19070年代半ば過ぎ、県宣紙廠の漉き職人さん達が浙江省工芸品公司との打ち合わせに杭州を訪れ、打ち合わせを済ませた後の恒例の宴会。
その時たまたま浙江省に留まっていた私に浙江省工芸品公司からお誘いの電話が入りその宴席に出席しました。
県宣紙、
その中でも紅星牌宣紙廠の製紙方法「紙の大きさに応じた複数の漉き職人が呼吸を合わせ紙を漉く」。今なら誰でも知っているこの「複数の紙漉き職人により一枚の紙を漉く」が門外不出の秘法とされていた時代でした。
秘法であった時代にもかかわらず宴が進みアルコールが進むとともに「門外不出の製紙方法」は普通に語られていました。この時の宣紙漉き職人さんの一人が、漉いているところは「烏溪」と言いましたので「県宣城で漉く」、と聞いているが・・・、と質問したところ、「私たちは“烏溪”」と言う。と説明してくれましたのでここでは「烏溪」名を使用しています。
「烏溪」 : “烏城”とご紹介してきましたが県宣紙の職人さん達との宴会当初期の通通訳違いで“烏溪”が正解でした。
日本で言う「本画仙」。 
本画仙との呼び方は中国製画仙紙全般を指すことも、限定した紙種を指すこともあります。また、その限定の範囲も使用者や販路により異なることが多いのが普通です。
最近では、「本画仙」との呼び名は県宣紙中の「棉料単宣」「棉料棉連」を指すことが主流ですが、更に狭義に製紙工場を「県宣紙廠=紅星牌宣紙廠」に限定する場合もあります。
逆に、この範囲を広げ中国で作る書画紙全般を指す一部販路・使用者も見られます。

本画仙という呼び方に対し日本製の画仙紙を和画仙といい、甲州画仙紙、越前画仙紙、土佐画仙紙、因州画仙紙などの産地が特に名高くそれぞれの産地で多種の画仙紙を漉いています(が、時と共に、そして2010年前後からはその製紙種類も製紙量も激減しています)。
山口更新のウィキペディア「画仙紙」を、更に、みなせH.P.「画仙紙 とは/本画仙紙 とは/宣紙 とは」 として更新しこの頁の下部に掲載しました。
ウイキペディア画仙紙ページの内≪煮硾箋≫に関しまして:
みなせは、広州交易会初期の1963年には既に参加し中国文房四宝の輸入を開始しました。
私の中国文房四宝との本格的な取り組みは1973年からで、当時はまだ友好商社のみに貿易の権利が与えられていました。
縁あって、当時の友好商社「遠藤商事」、後の「関西-遠藤商事」社長の遠藤寛次氏に長らくお世話いただきましたが遠藤寛次氏亡き後数年で遠藤商事が解散。
遠藤商事解散後はその貿易実務を担当していた元遠藤商事社員からの輸出入専門家としての助言・手助けなどを受け直接契約・輸入をはじめました。

中国文房四宝の輸入に端を発す多くの中国文房四宝関係者との交流は既に半世紀を超えます。
その当初期の紅星牌宣紙輸出権は全て上海工芸にあり、上海工芸の厳しい品質管理に支えられた当時の紅星牌は今とは比較にならないほどの人気でいずれの紅星牌紙種も貴重品扱い。
人気の棉料単宣や夾宣など紅星牌としてポピュラーな紙種と共に、稀に出品される紙種に「煮才宣」がありました。
確かに「才」の繁体字「硾」なら日本読みは「煮硾箋 シャツイセン」です。
が、当時は簡体字「才」が用いられ「煮才宣」と表示され、当時の日本バイヤーの全てはこれを「しゃすいせん」と呼んでいました。
これらによりウィキペディア既掲載の「しゃついせん」を半世紀ほど前の読み「しゃすいせん」に編集しよう、かとも思いましたが前述の流れですので「しゃついせん」には筆を加えていません。

当時はバーター貿易が対中国貿易の本来であった時代であり、県宣紙=紅星牌(当時輸出される県宣紙はイコール紅星牌でした)全般の輸出権を一手に握っていた上海工芸が、今より数倍も人気の高かった紅星牌の契約に群がる日本の友好商社に、適時契約する量を割り当てていました。
無論、今の県宣紙の主生産者「紅星牌」を含む宣紙廠群は対外直接商談⇒輸出が許可されていない時代でした。  
  
 画仙紙 とは / 本画仙紙 とは / 宣紙 とは 山口琮一(山口そう一)
「ガセンシ」とは書画を書くための大型の紙を示す「日本における総称」で≪画仙紙・画箋紙・画宣紙・雅宣紙・雅仙紙≫などを主に様々な漢字が充てられ、そしていずれもが「がせんし」と呼ばれてきました。
現在も≪がせんし≫との呼び名へ充てる「漢字」は、まだ統一されてはいませんが「(日本では)画仙紙」が主流になり、次いで「画宣紙」が、稀に「画箋紙」が使用されています。
これにより画仙紙個々に命名される商品名としての画仙紙名も「※※宣」「※※箋」「※※仙」と「宣、箋、仙」を入れた名前が多く見られます。
そしてこの「宣、箋、仙」の使用区分けに何らかの意味を込めた設定を為したとしても、その設定区分けは設定者個々の意見を補強する・・・、等の目的が主であり画仙紙本来の何らかを区分けする、等々の意味合いはありません。
書画を書くことを主目的に作られてきたこれら大型の紙の発祥地「中国」では「書画紙」と呼びそして産地を限定し紙質を限定したもののみを「宣紙」と呼んできました。
 ※限定した産地で製紙される書画紙を「宣紙」と呼びますが、この本来の宣紙の産地ではない地域で漉く一部の書画紙にその土地の名を冠し≪※※宣紙≫と名付けることがあります。
安徽省烏溪で漉く「宣紙」が、(撥墨が佳いという意味においての)高品質な紙の代名詞となり、この本来の≪宣紙≫を漉く地域ではない他地域で製紙される書画紙にも≪宣紙≫名を与える。そしてそれが堂々と流通する。
いかにも中国ならではの※※※宣紙です。

現在の安徽省県地域(旧名“宣城”地域)の周辺一帯は良質な宣紙の原料になる青檀の木≪楡(ニレ)科青檀属 青檀 別名「翼朴」 高木⇒16~20メートルに達する。≫が自然に育ちます。
宣紙紙料として青檀樹が育てられている丘陵斜面では樹高5メートル前後までに育ち管理された木がほとんどで、その斜面の下草なども掃除され一帯が綺麗に管理されています。これらの状況は現地を訪れる輸入社や紙関係者の多くが見、知っています。
この青檀の木を主原料に藁(ワラ)を加えて作られた紙が現在に続く宣紙の元であり、旧の宣城一帯で生産されたので「宣紙」と呼ばれました。
撥墨の佳さ・墨の持ち味・墨色の変化・・・をよりよく表現できるように長年に渡る研究が続けられた結果開発された書画を書くことを主目的とした大型の紙。宣城地域で開発され生産されるこの紙が「宣紙」と呼ばれるようになり、現在に続いています。
そして「宣紙」との呼称が現在の日本の呼び方「画仙紙」という表現につながっています。

中国で「“宣紙”を冠される紙はその伝統の産地「宣城」、現在の「安徽省烏溪地域」で伝統手法に則り生産される紙に限定されています。が、高名な“宣紙”名(ブランド)を利用し他産地の紙に「宣紙」を冠する製品、代表例として福建省“福建宣紙”が古くからあります。
 
を書くのに最も適した良質な紙とされる、そして確かに「撥墨」等は評価通りの 県宣紙”
≪適す紙。適さない紙≫ 
紙が適す、適さないは個々の書・画ともに書き手個々の好みの、同一人が書くとしても制作時による作風差の問題ですが、現在ではこの「宣紙」系統の紙質を好む人たちの間ではやはり「安徽省県宣紙」が、そして作家・指導者それぞれの作風、或いは指導方針により「楮紙系統の画仙紙」「麻紙」「因州・伊予・甲州などの和紙の雰囲気を伝える種々の画仙紙」などが、それぞれの好みの下で重要視されます。
 本画仙紙
前述のこと、日本では書画のための大型の紙を、「ガセンシ」と呼ぶようになり、中国からの舶載を「ホンガセン=本画仙」と呼ぶようになりました。 漢字はいろいろな字が当てられました。
ガセンシ → 画仙紙、雅宣紙、画宣紙、雅仙紙、雅箋紙、画箋紙 など
ホンガセン → 本画箋、本画宣、本画仙、本雅仙 など
「本画仙」という呼び方は日本独自の呼び方で、通用するのは日本、或いは日本ではこれらの紙種を「本画仙」と呼ぶと知っている中国・韓国・台湾などの関係者だけです。
中国には、本来「本画仙」「画仙紙」と言う呼び方はなく、日本で言うこれらに相当する紙種のうち安徽省県で漉く紙、及び県宣紙に近い性質に漉くものを「宣紙」と呼び、この宣紙の産地、安徽省烏溪地域以外で漉くものの大部分を「書画紙」と呼んでいます。
しかし、「福建宣紙」に代表されるように県宣紙ではないものにも高名な紙種「宣紙」を利用し「※※宣紙」と呼ぶ事が稀にあります。
本画仙の意味合い
≪本画仙≫ 俗に「本画宣と呼ばれる画仙紙」の紙種の範囲は使用するグループにより異なることが多く、   
拡大広義 「本画仙 」 の名を幅広い紙種に適用するグループでは「中国で生産している白、又は白っぽい書画用紙のほとんど」を指し、
通常広義では 「安徽省烏溪で漉く「県宣紙全般」を、
狭義では 県宣紙の中の「棉料単宣」「棉料棉連」を、
極々狭義では 県宣紙トップブランド「紅星牌」の“棉料単宣”、または“棉料棉連”」を指す例が多数を占めます。
素紙
「素紙」 製造した紙に何も手を加えない紙を指し、「生紙」とも言います。
「加工紙」 漉きあげた紙=素紙(生紙)に何らかの手を加えたものを加工紙と言います。
一番多い加工方法が「滲み止め加工」で、これにより「加工紙=滲みを止めた紙」との短絡的解釈が比較的多く見られます。
反・包
反/包? 本来、画仙紙「1反」は画仙紙の寸法、包みの入枚数にかかわらず「100枚」を意味します。 1反=100枚です。
例えば、画宣紙の基本寸法のひとつ「大画仙紙全紙判=3×6尺判」は伝統的に50枚包みに仕立てられていますので「2包=100枚」を以て「1反」とします。「50枚の包」は「1反」ではなく「1包」が本来です。
1975年頃から「反」と「包」の意味を混同、或いは誤解し解釈するグループ、更にはこの「混同・誤解」を積極的に利用する勢力が現れました。
画仙紙「1包(=包の多くは50枚入。包により25枚入等不定)」を「反」と言い替えることにより「1反=100枚にしては安い」との勘違いを誘発すべく50枚、25枚など反=100枚に満たない「包」を積極的に「反」と呼び、「反」と「包」を混同させることによる拡販を狙い利益を上げようとする勢力が勢いをつけ、それ以降「反」「包」の混乱が続いています。
この影響で『1反』と表現しても『本来の意味⇒100枚』のことか『1包み50枚・・・』の意味かを再確認しなければならない必要が生じたのです。
弊社ではホームページを含め全ての表示に1反は100枚、1包は50枚、包により25枚などと区分けして表示しています。
≪画仙紙 ★1反=100枚≫  
≪画仙紙 ★1包=(多くの場合)50枚入 稀に「25枚入、20枚入、・・・」等もあり≫ 
  「包」入数が50枚でないときは各商品ご案内箇所にその入枚数をご案内しています。表示価格はその単位での卸単価です。
      
1梱、2梱などのロット時には更に安い卸値適用商品もあります(1梱包には全紙判なら基本的に10反、半切では20反入りますが、紙種により、又、紙の寸法により入数が異なる例も数多くあります)。
画仙紙の大きさ表現  と 寸法一覧表
” 画仙紙の基本寸法 ”
画仙紙には大画仙(紙)・中画仙(紙)・小画仙(紙)の三基本寸法があり日本で一般的に言う「全紙」は「画仙(紙)の全紙判」を指します。
小画仙     約70×134~138cm 中画仙     約83×150cm 大画仙     約90~97×180cm
日本で普通に全紙と表現する時の寸法 現日本の流通量はごく少量です。 俗に「大画仙」「六尺もの」と表現される規格です。
又、これら基本寸法とは意味合いが異なりますが、中国安徽省県で造られる画仙紙の代表「宣紙」の規格寸法には
「壁紙=約124×234cm」、現在の中国では「八尺匹」とも呼ばれます。
「丈二宣(丈二匹、丈二尺) 約146×366cm」、現中国では「丈二匹」。
「丈六宣(丈六匹、丈六尺) 約194×504cm」、現中国では「丈六匹」。など特に大きい規格もあります。
1970年代まで「代表的な宣紙工場」は宣紙の製法を秘法とし部外者には見せないようにしていました。しかしその当時から周辺の紙関係者にとってこの製法は周知のことで、彼らと親しい私たちも当然のことながら彼らが秘法としている製法を知っていました。しかし、製紙にかかる人たちが秘法としているのですからこれを明らかにすることは避けてきましたがかなり広い範囲で知られるようになってきましたので「秘法」ではなくなりました。↓
紙を漉く「簀の子」は通常一人の漉き手に委ねられ紙が造られます。が、簀の子の大きさに応じ、例えば四尺全紙「(=小画仙紙全紙)⇒約70×137cm」判を漉く場合は「二人」の漉き手が、紙の大きさにより更なる複数の漉き手が簀の子を操り紙を漉く、これが宣紙製法の秘密です。この為には漉き手の技術が特に優れ、かつ息が合わなければ逆効果、均一・緊密な宣紙は出来ません。宣紙職人の鍛錬のたまもの、これに加え緻密な「簀の子」、これらが相俟って見事な宣紙の製紙を続けているのです。
 
(伝統に基づく)基本規格
半切  約35×135cm 半切 約70cm×70cm弱  全紙  約70×135cm 聯落  基本 約53×135cm
縦)半切 =条幅(条巾)
「半切」表現の100%近くを占める。
横)半切 =「全紙横1/2」
全紙横半分と表現することが多い。
ただ単に「全紙」と表現する時、
その多くは「画仙紙」の全紙(約70×135cm)を指す例が主である。
日本の公募展規格
「聯落巾×7尺5寸」から
約53×225cm
を「聯落」と表現する例も多くなっている。
(中)画仙紙全紙
約83×150cm
(大)画仙紙全紙=六尺判
(3×6尺)約90×180cm
壁紙(八尺匹)
4×8尺=約124×234cm
丈二宣(丈二匹)
約145×368cm
丈六宣(丈六匹)
約194×504cm
必要に応じ追加された規格
全紙長寸
約70×175cm
尺八屏(1.75×7.5尺)
(俗に言う)ニハチ(28)
約53×227cm
2×6尺
約60×180cm
4×4尺
約120×120cm
3×8尺
約90×240cm
3×10尺
約90×300cm
 
★ 条巾? ≒  半切?
★ 条巾(条幅) ⇒ 条巾とは、大画仙紙 中画仙紙 小画仙紙 各々の≪縦半分を指す。「半切」には縦1/2,横1/2の二通がある。
  小画仙紙条巾 約35×135cm 中画仙紙条巾 約41.5×150cm 大画仙紙条巾 約45×180cm
★ 半切      ⇒ 大画仙紙 中画仙紙 小画仙紙 各々の縦半分 又は 横半分。 多くの場合は「縦半分」を指す。
   半切 縦=条巾 小画仙紙 約35×135cm 中画仙紙 約41.5×150cm 大画仙紙 約45×180cm
半切 横 小画仙紙 約70×68cm 中画仙紙 約83×75cm  大画仙紙 約90×90cm
  
以下の全紙・半切・・聯落・全紙長寸は「小画仙」を基本とした寸法で、六尺判は大画仙全紙と同義です。
大・中・小判=参照:上欄=の各画仙紙全紙判を半分に切ったものを条巾、又は半切・半裁などと言います。
① :半切・半裁・条幅(条巾)
条幅(条巾) 大・中・小の画仙紙全紙判=参照:上欄=を「縦半分」に裁断したものを指します。
半切(半裁) 大・中・小の画仙紙全紙判=参照:上欄=を半分に切ったものを半切・半裁などと言います。
しかし現在日本で「半切、或いは半裁」と表現する場合、そのほとんどは「小画仙紙全紙判を縦半分に裁断したもの」を指しますので「半切」と「条幅」は同義に使用されることが多くなっています。また同一の意味として説明されることが多くなっています。
:レンオチ=簾落連落、聯落
本来、の「簾落(連落、聯落)」とは
小画仙全紙の巾を1/4(=簾)を落とした残りの約53cm=1.75尺=70cm(全紙の巾)×3/4=のことを言い、長さの規定はありません。しかし、常識的には小画仙全紙の長さ=約135cm=とされています。
1980年代からの公募展規格の影響で下記③の1.75×7.5尺判(レンオチの巾×長さが7.5尺=約225㎝)も只単に簾落(連落、聯落)と表現する場合が多くなり、元々の簾落の意味との間で混乱が生じています。
: にはち、 二八、 28、 2×8、 1.75×7.5、 尺八
主たる公募展規定寸法の一つ2×8尺に使用する紙は、作品の出来上がり寸法が2×8尺で、額の枠巾などを考慮し使用する紙の大きさは「規定の作品寸法」より一回り小さい1.75×7.5尺(=約53×226㎝=尺八)であることがほとんどです。
しかし一部ですが、作品の額に縁取りのないパネル状のものを用い、実寸2×8尺の紙を使用さるグループ、又は応募者もありますので「実寸2×8尺」の紙も必要であり流通しています。
これら作品の規定寸法とその中に納められる紙の実寸法の違いを明確に区別せず、実寸「1.75×7.5尺」の紙を「2 8」「二八の紙」「にはちの紙」と表現、「紙の実寸」と「作品全体=額=の大きさ」を混同している例が数多く見受けられます。
これらにより「2 8」との表現であっても必要な紙の実寸が「1.75×7.5尺」なのか「2×8尺」なのか、前述「反」の意味と同様に再確認する必要が生じました。
   
尺八、尺八屏
1970年代頃から日展をはじめとする公募展規定寸法に「60×240cm(作品仕上がり寸法=額外寸)」が出来ました。
この規格に応じた作品紙(本紙)の実寸は(ごく一部の例外を除いて)『1.75×7.5尺』が主になりました。
紙の実寸が「1.75×7.5尺=約53×226㎝」であるにもかかわらず「作品の仕上がり寸法「2×8尺」から「二八(にはち)の紙」とも呼ばれたのは前述の通りで、実寸2×8尺の紙を使用する人たちの表現「二八の紙」との間に混乱が生じました。
この新たな規格「1.75×7.5尺=約53×226㎝」をあらわすのに中国は「尺八屏」という表現を用意しました。
この「尺八屏(⇒日本では略し“尺八”との表現が主になりました)」表示なら「2 8 ( にはち ) 」と表現する時の実寸で「1.75×7.5尺」、「 2×8尺」混乱の恐れはありません。
「二八規格⇒作品仕上がり=額=寸法外寸2×8尺(60×240cm)」で使用される紙寸法の大多数を占める「1.75尺×7る5尺」を表すのには「尺八」と表示するのが無難と言える状況です。
 
「1反・1包」の入枚数「蓮落ち」の長さ、「2 8 ( にはち ) 」の寸法ともその意味=枚数を再確認せねばならない状態になっています。
パフォーマンス書道などの特別寸法≪画仙紙・鳥の子≫
 ※ 寸法はいずれも概数です。     : 画仙紙の大きさ・表現  半紙・色紙・短冊・懐紙の寸法詳細へ
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